その他
随筆

インドネシアで楽しく暮す 8−1★

成田発ジャカルタ行き 1

なんてったって、ガルーダです。また、ガルーダのビジネスクラスを使う人の気持ちが判らない。倍近い料金を払って、倍のメリットがあるとは到底思えない。価格優先です。成田直行便はガルーダとJALしかない。双方の価格は2対3である。その代わり、日本からはデンパサール経由になる。

機体は747だが、かなり古いタイプで、これなら、当然安いでしょうと、思わされる。しかし、インドネシア国内を旅行する時はガルーダが一番高いので、使わない。

静岡から11:00のフライトに間に合わせるために東京発成田エクスプレス08:30に乗らなければならない。其れに間に合わせるには静岡発06:44コダマに乗る必要がある。だから、06:20タクシーで家を出る。

この時間表で問題はないが、何十回と繰り返していれば思わぬアクシデントに遭遇することもある。総武線の事故で、成田エクスプレスが大幅に遅れた時だった。一時間遅れで来てもそれを待つわけにも行かず、とにかく、来た電車に乗り込んで、一時間半かかって成田に付き、出発の三十分前に搭乗手続きをしたこともあった。

あせってもしょうがないが、チケットを忘れて家を出て、成田についてから分かったこともあった。チケットをなくした旨話をしたら、何とか搭乗券を発行してもらったこともあった。

また、接着剤をバゲジに入れて持ち出そうとしたら、発見され、可燃物ということで、持ち出せない。ばれたかというところでした。酒のビンにでも入れ替えて置けばよかったと反省しているが、困ったことに処理しようにも運送屋には断わられるし、郵便局にも断わられた。途方にくれて、インフォメーションの女性に泣きついた。上司に電話をしてくれて、捨ててくれるということで、引き取ってもらった。そこらへんに放り出して不審物として大騒ぎをされても困ると思い、何とか処分してくれるところが見つかってよかったと思った。そのために30分も空港内を右往左往した。バゲジの中身には絶対可燃物を入れてはいけません。アルコールはいいのですね。お酒は可燃物ではないのですね。燃えるお酒もあると思うのですが。

インドネシアで楽しく暮す 8−2★

成田発ジャカルタ行き 2

最近、コンピューターは裸の状態にしてX線チェックを受けなければならなくなった。別に成田だけではない。ミュンヘンでもフランクフルトでもそうだった。ヨーロッパの方で何か危険物がコンピューターに仕掛けてあったからでしょうか。しかし、インドネシアはそんなにうるさくない。なぜでしょうか。イスラム国家だからでしょうか。ただし、水にはうるさい。免税店で買ったポカリを取り上げられた。

ガルーダ(GA881)で成田からジャカルタへ入り場合は、デンパサール経由になる。90%以上はバリまでである。トランジットの人達は、便を変える。19:15発(GA415)国内便に乗り換えるのです。

乗ってきた便は、デンパサール発ジャカルタ経由成田行き(GA880)になる。バリタイムで22:00過ぎ発、殆ど満席で、出発する。私は成田へ行く時にはその便にジャカルタ、23:59発、から乗るのです。

それでも、デンパサールで2時間ほどの待ち時間がある。その間、何もすることがない。読書か、それとも居眠りかそんなところです。食事も高い、マッサージも高い。どうしましょう。迷った挙句、足裏マッサージをすることにした。30分で20万ルピア、ディスコンで15万ルピア、あまりに高いので、そこはやめた。もう一箇所は、最初から14.5万ルピアだった。ディスコンで13万ルピアにするという。もうこれが限界だろうと、マッサージをそこで頼んだ。気持ちは良くなった。

 しかし、高い。私の家の側のオカマのヘアーサロン兼マッサージは全身マッサージ1時間で4万ルピアである。ブロックMパサラヤのみやげ物売り場でさえ、30分で6万ルピアである。時間つぶしとはいえ、バリはやはり高い。日本人観光客はスパなどといって、全身マッサージを50万ルピアくらいでやってもらって体のコンディションも気持ちも良くなって満足するようですが、どうも、その価格を聞くだけで、もう、満足できない精神状態になってしまう。

昔は、バリで長く待たされた。最長5時間遅れということもあった。平均2時間遅れだった。ところが今は100%近くオンタイムである。客数が増えて、間引きが無くなったのです。

ジャカルタへは順調に到着して、イムグレを通って、荷物を取って、外に出るのが20:00過ぎ、デルタマスの家に着くのは21:30である。静岡の家を出てから、17時間である。さすがに疲れる。行きはよいよい帰りは怖いである。

バリからはドメスティックなので、多くの乗客はイミグレを通らないで、外に出てしまう。また、そこの係員も、そのように誘導しているので、ついつい入国のスタンプを押してもらわないで、入国してしまう間違いを犯しやすいので、要注意である。

 

インドネシアで楽しく暮す 8−3★

成田発ジャカルタ行き 3

そうは言っても、満席でガルーダが取れないこともある。やむ終えずJALを使うこともある。大失敗をしたことがある。ジャカルタ発の時間がJALはころころ変わるのです。今は何時発か知りません。直行だったり、バリ経由だったり変わるので、そのたびに、出発時間が変わるのです。

以前夜の9時発だったので、19:30発とチケットには書いてあるのに、9時発と思い込んでしまって、チェックをしなかった。二時間前の7時ちょっと前に空港へ到着し、まだ時間が有るので、一服してから入ろうと悠然と電光掲示板を何気なく見た。19:30JALと出ていた。びっくり仰天。直ぐにカウンターへ飛び込んだが、もう、当然ながらクローズだった。そこを何とか、まだ、出発していないなら、載せてくれと頼み込んだ。OKが出た。そこから、走った走った。出国カウンターはどれも20人ほどの行列だった。

皆さんにわけを言って、最前列に割り込ませてもらって、それから、また、ダッシュカウンターで搭乗券を受け取ってから、5分で、機内の人になっていた。出発時間を20分ほど遅らせた。皆さんに謝ったが、全員冷たい目で見ていたような気がした。

その前に、9時半発を11時半発と思い込んで、空港へ向った。その時は早くつきすぎて30分前だった。違う時間で、二回失敗したことになる。こんなこともあって、JALは使わないようにしている。

現在は、バリとジャカルタそれぞれが直行便になっていると思う。機体は最新式で、目の前のモニターで色々なゲームができる。それだけだが。ただし、機内乗務員というかスチュワーデスというか、そういう人たちが年配のいかにもパートさんという方が殆どだし、乗客も、殆ど男の年配者ばかり、機内の雰囲気が暗い。機内のざわつきもない。緊張してしまう。

その点、バリへ行くお客さんが大部分のガルーダは若者主体で雰囲気が明るい。小さな子供やお年寄りまで幅が広い。機内でリラックスできる。

それぞれの性格によるでしょうが、私のような少数派は田舎に住む人で、JALを好む

多数派はジャカルタのアパート暮らしの人でしょう。

  経由でよければ、色々ある。キャセイ、SQ,マレーシア、タイ、大韓航空などなど、しかし全て、その国の空港経由である。一番安いのはマレーシア航空である。日本への留学生はよく使う。

  ちょっと深呼吸をしたい気分の独り言

 インドネシアで楽しく暮すシリーズなどと、投稿しているが、そんな事言っている場合かよと自分でぶつぶつ言っている。

気楽に新天地のつもりが、雲行きがおかしくなってきた。前に技術指導をしていたPT.KGSのお馬鹿さん三人の尻拭いのために本社副社長が動いた。彼等は完全に押出成形から撤退し、私がいる会社に設備、人、仕事を全部移すことに決定した。

 話はどのように進むのか私が仕切ることではないので、全くわからない、ただ、話しが進む過程で、私がやらなければならないことが必ずあるはずです。私が、OKしなければ進まないこともあるはずです。実際にやるのは私ですから。世間で言う、黒幕は私ですから。

 そして、北川工業の姿勢ははっきりしているのですから、条件的にも歩み寄って、話は全面的移転ということになるでしょう。私はそれを拒否しませんが条件はあります。条件はPT.AFMIに伝えた。

 結局、インドネシアとアセアンに一部のプラスチック押出成型は、私一人が、背負うことになる。決定的に重大な責任をゆだねられることになります。日本中の誰一人として出来ないことです。日系企業(イノアック、パラマウントベッド、アラコ、ジェックス、マンダム、シャープ、サンヨー、パナソニック、アスモ、ハイレックス等など)に対するエンプラやオレフィンの押出製品は全て私が提供することになります。それらの後ろには、車やバイクのメーカーや冷蔵庫やエアコン、プリンターのメーカーも控えています。それが、どんなに重大なことか一般の人には理解できないことでしょう。

 年も年だし、いつまでもというわけには行かない。南部化成の佐々木会長との約束があるので二年でインドネシアから離れなければなりません。

 それまでに、インドネシア人技術者を徹底的に育てあげ、自立できるようにしなければなりません。

 この薄給で、パニック障害の薬を飲み続けているボランティアの私に課された責任は大変重いが受けてたつしかない。

これを書いている間にも、現場ではインドネシア人スタッフが金型のセットをし、試作の準備をしている。準備が出来、温度が設定まで上がったら彼らが私を呼びに来ます。準備が正しいかどうかの点検と、試作のやり方の手本を実際にやって見せながら教えます。

Web Site 1万回記念

昨年五月九日にオープンした私のホームページにアクセスが一万回を昨晩越えた。インドネシアの仕事を一段落させ、パニック障害の苦しみから一部解放され、62歳になり、ドイツへ遊びに行ったりして、人生をちょっと一服しているときでした。暇をつくり、休憩するのが目的でしたが、あまりのも、何もすることが無かったので、これまでの人生を省みる意味でも暇つぶしの意味でも、WEB SITEを立ち上げようと考えました。
 やってみると、以外に簡単で、ほとんど、マニュアルにしたがってやればできることがわかった。しかし、投稿用の文章を書いたりまとめたりすることにエネルギーを使い、結局、医者が言うように脳を使うことをしばらくやめなさい。と、言われたことには従うことができなかった。
 医者にも私のWEB SITEを開いていただいて、私のパニック障害についてもちょっとは理解度を増してもらったと思う。
 
 このWEB SITEにヒットしていただいた方々の中には何人かの中,高、大の同級生もいて、久しぶりに便りをもらった方々もいました。ここ、インドネシアで仕事をしながら、うれしくなってしまいまた。
 これからも、私のHome Pageをよろしく。
 
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/

http://space.geocities.jp/enplaindonesia/index.htm

 また、熟年の方々に、そんなに難しくないので、ぜひ、挑戦してみていただきたいと思います。若干、人生が変わるかもしれませんよ。

PT.KITAGAWAに問い合わせ

 

平野,伊藤両君にはPT.KII時代、格別な扱いを受けてありがたく思っている。大槻さんも大変だったと推察する。

 縁あって、また、関係が生じたが、またよろしく頼むことになりそうでよろしく。

 PT.KII自体全部を身売りしたい、購入したいと言う話がまきあがっていることを情報として入れておいてあげましょう。

 半年ほど前から、副社長と押出の仕事をPT.AFMIが引き継ぐことが出来るか出来ないか検討してきた。

 問題になるだろう点が幾つかある。それらについて、解答をいただきたく、お願いする。

 常識的にはPT.KIIの方から積極にPT.AFMIに対し、提供される判断材料のはずだ。北川本社が、押出部門を手放すと決定し、その知らせが入った時点から、それの具体化に向けて動き出すのが現場の長の役目のはずだ。

 従業員に対しても、PT.KIIを退職していただくための条件を早く示し、本人達が、辞めるのか、PT.KIIにとどまるかの判断資料とするようにしなければならない。PT.KIIが一方的に首にするわけにはいかないことくらいはお分かりでしょう。また、PT.KIIを円満に辞めても、PT.AFMIに入りたがるかどうかも条件を示し、判断材料としなければならないことも分かりでしょう。勝手に、何人引き取って欲しいなどということは軽々しく出来ないはずだ。そのくらいのことも分かるでしょう。

 以下のことは、中澤社長の引き受けるか請けないかの判断材料になる。後出しの問題点にすることなく、問題があると予想される点について、考えられることは全て、前もって明らかにしておいた方がいいことぐらいもお分かりでしょう。

 現場のリーダーとしての勤めを果たしてください。

と言っても予想される、問題点が分からないでしょうから、私のほうから、気になることを列記しておいた。他にもあるでしょうが、実際にわたしの目でたしかめないとわからないこともあるでしょう、それは、訪問してチュックした時と言うことにする。

 問い合わせがある前に、先行して、初期的な条件の回答を中澤社長に理解できるように書面なり、口頭なりで伝えてください。親切なアドバイスですよ。

 大丈夫ですよね。しっかり考えて仕事をしてください。陰ながら応援します。

 

 1 PT.YMPI(パスルアン)向け、軟質塩ビ異形について、三種類(一種類と一セットでもいいです)製品価格と原料価格と後加工、運賃などの明細。いつまでの製品供給責任があるのですか。

 2 SHARP(KIIC)への試作済みの製品TO−220の見積明細を出してほしい。その他,もしあれば、他の製品の見積も出してください。

3 PT.KOHNO向けTS−01の製品価格内訳明細をお願いします。PT.AFMIに生産設備があるので、それによってタイミングを気にすることはない。

4 金型、付属装置、粉砕機、定置式熱風乾燥機 検査ジグや検査用具は含まれていますか?

5 PT.SANWAやPT.ABA向けなど製品在庫、原料在庫、梱包資材の在庫も含まれますか?

6 シボ加工機は含まれていますか?

7 耐電防止剤と表面抵抗測定器は含まれていますか?

8 エンジングとグロメットの生産はどうするのですか、もし、インターマークの日本以外向けだけなら、価格次第です。現在の価格では引き受けません。

9 パラマウントベッドのサイドバンパー生産用にプレス機と金型は含まれていますか?

10 PT.ABAと価格について、一歩も譲っていないため、ローカル企業で試作をさせているようですが、原料を変えるなどして、コストダウンの努力はしないのですか。PT.ABAから、取引はいつまでと宣言されているのですか?

11 譲る客先と製品の明細、価格などのリストをお願いします。

12 客先に情報をいつ流すか、PT.KIIがいつ、客先に説得に行くのか。

13 従業員への説明会と退職、入社の了解をいつとって、いつ人数をはっきりさせることが出来るのか、などと共に、移転のスケジュール表を提示願います。

14 12ナイロンチューブ、サンヨーポンプ向けの供給は望みのようだが、原料を安く供給していただかないと、別ルートで、安く購入します。

15 一号機ラインを日本へ送ると聞いたが、スパイラルチューブの機械を日本へ持っていっても仕方が無いと思うが、どうか。それと、なぜ一号機ラインなのか、一番古く、故障しがちな装置を送るというのはなぜでしょうか。一番新しいほうがいいのではないかと思うのですが。

16 移動費・設置費はPT.KII負担と聞いているが、それは確かか。

 

以上、思いついただけだが、確認願います。

 最終的にはやはり私がチェックしなければならない。タイミングをみて私が行って、全装置を点検し、使える物、使えない物、使えても、直ぐ修理が必要になる物、を仕分け、できるだけ、後に問題が起きないようにしたいと思う。是には協力してもらわないといけない。中澤社長は押出成形に関しては素人なので、素人同士に話を全面的に任せると、後に、客先やインドネシア人従業員に迷惑をかける、それだけは、私の責任として、避けたいと思う。是にも協力は願う。ちょっと、火傷

一昨日と昨日は疲れた。二日中、現場で、新製品のトライをしていた。立ちっぱなしで、装置の前後を行ったりきたり、指先は久しぶりに指紋が消えるくらいに熱い樹脂を何度も細く伸ばしては小さい穴に通す作業をした。インドネシア人スタッフに教えて、任せてやらせていたが、難しくて、出来ない。そこで、私がやってしまわなければ納期に間にあわなくなってしまったため、私が登場したということです。なんとか、架橋ポリエチレンの2φと2.7φのチューブを作ることが出来た。POMの四サイズにチューブも完成させた。周りのインドネシア人作業者は私のいつにない、ぴりぴりした雰囲気に真剣な作業姿勢を感じたと思う。

このことは、大きな問題で、私でなければ出来ないのでは、量産になったとき困ります。実際はインドネシア人にやってもらわなければならないからです。なんとか、簡単に誰でも出来る方法を考え出さなければなりません。一ヶ月間で、二種類の方法を試しましたが、今三種類目の方法での金型製作中で、其れが出来上がれば多分一週間くらい訓練すれば二三人は出来るようになると期待している。

どんなに忙しくても、仕事の合間をぬって、コンピューターに向って投稿することが出来たが、この二日間、コンピューターに向う時間が無かったので、投稿できなかった。

また、昨日の夜はジャカルタのマリオットホテルのサイデンドゥラセストランで来イしている藤沢電工の福森社長らと19:00〜21:30まで食事、家に戻ったのが23:00だった。来客があって、誘われると、断わるわけにもいかず、お付き合いすることになりますが、場所がどうしてもジャカルタになります。大変です。

マリオットのバイキングスタイルの食事は種類が大変豊富で、アルコール類も飲み放題、お酒が好きな一般の人は好む場所で、リピーターが多いと聞いている。ところが私は酒を飲めないから、魅力を感じないし、食事を揃っているが、結局、ミーバソが一番おいしいのだから、ローストビーフや何とかスープやなんとかサラダや色々なデザートは全部魅力を感じない、お寿司などは全く食べたいとは思わないので、こういう場所は私にはリラックスできないばかりか、あまり、おいしくないので、できることなら、付き合いたくない。

これから、金型屋に出かけ金型をチュックしながら、受け取ってくる。PT.MAKUTAの連中と世間話をしに行く。午後は、もしその気になればドライビングレンジで二時間ほど遊ぼうかと思う。暇な土曜日の過ごし方です。

近場にドライブ

SubangBandungの間、バンドンよりのLembangという高原地帯いってきた。茶畑が広がるすがすがしい場所である。Ciaterの温泉、Tangkban purahuの火山と火口。

チカンペックへ向かい、手前でバンドン方面に南進、最初の出口Sadangで降りて、スバンに向かう。45kmでスバンに着く、町に入らず南に迂回しバンドンに向かう。20kmで目的にあたりにつく。

家を出てから、二時間ほどで、周りが茶畑となかにパイナップルの畑になる。左折すればチアトル、まっすぐしばらく行って右折すればタンクバンプラフ方面、なおまっすぐ行って、急な坂道を下りだせばレムバンである。

焼きとうもろこしを食べてしばらく行くとウサギの焼肉の看板が目に入ってので、立ち寄って食べてみた。硬くてお余りおいしくなかった。その場所に“猿の姿に良く似たゼンマイ”が置いてあった。7万ルピア(8百円)で買った。

旅行記はhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind

http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage004.html

でどうぞ、珍しい写真が載っています。

インドネシアに入国する場合は出国の航空券が必要です。

あるところで、インドネシアへ渡航する場合は出国のティケットが必要か?というテーマで、もめていた。挙句は、どこかの本にかいてないからだとか。次第に険悪になっていって、面白かった。

インドネシアでワーキングビザを持っていて、パスポートにマルチ、リエントラー パーミットのスタンプが押されていて、KITASという身分証明書を持っている私は、インドネシアでから、どこの国へ出国する時でも航空券を往復で買いますから、たとえば、成田から出国する場合にはボーディングパスを受け取る時、片道航空券しか提示しません。

必ず、そのことをチェックされます。パスポートをめくって、インドネシア人と同等扱いになっていることを確認されて、OKになります。これは私がインドネシアから出国して訪問した国から出国するときは必ず確認されます。シンガポールやクアラルンプールへ何回も行っていますが、必ず、片道航空券ですから、ビザをチェックされます。先日もミュンヘンでもビザについて尋ねられました。

インドネシアに入国する場合は一般的には外国人は出国のティケットを所持していなければなりません。そしてそれは搭乗券カウンターでチェックしています。

どこへ行く場合でも、どこの航空機を使おうが、航空券を片道で買ったら、高くつくのではないでしょうか。帰りの日がはっきりしないときには、割高になるでしょうが、変更できる航空券にすればいいのでしょう。

インドネシアで仕事をしている多くの日本人は日本で労働ビザを取らないで、往復航空券を購入して、30日短期滞在ビザで入国し、一か月以内にシンガポールへビザを取りにゆきます。シンガポールから出国する時は片道航空券ですがビザを習得しているので、問題なくインドネシアに戻れます。日本から持ってきた帰りの航空券はキャンセルします。

インドネシアで楽しく暮らす 15−9

斜めからインドネシアを眺めよう 9

会社の真向かいで、工場の建設が始まった。某建機、フォークリフトなどの製造日系企業の工場を、某K建設が工事を始めた。いきなり、杭打ちが始まった。重いものを扱う関係でしょうか杭の数が半端ではない。三週間、三台のくい打ち機でトンカン、トンカンやっているがまだ半分ぐらいでしょうか。

杭を打つ時に油の煙が上がる、それが風に乗って周囲にばらまかれる。日系企業でもインドネシアでは周囲からクレームが付くまで、断りも、挨拶もしないのが常識らしい。建設会社はくい打ちのたびに周りからクレームがつかないように、また、ケレームが付けられたときどう対応するかは、経験豊富のはずである。しかし、何の音沙汰もなく突然、油煙をばらまいて知らん顔をするらしい。

車は黒い点々がへばりついて、洗っても落とせないし、白い建物にも同じように黒い油がこびりついている。日本なら住民のクレームで大問題になるところだが、インドネシアでは、建設会社の日本人も交代が激しく、知らない振りをして通り過ぎるのを待つのが常識らしい。

インドネシアで楽しく暮らす 15−38

斜めからインドネシアを眺めよう 38

 あれ?という話。成田空港でチェックインカウンターへ入る前に預けるバゲジの中身をX線で検査をし、可燃物など、禁止物のチェックをする。以前、接着剤を持ち込んだとき持ち込み禁止だから送り返すか捨ててくださいと追い返されたことがあった。

今回はチェックしていないので、カウンターで聞いたら、荷物を積む前にチェックしているという返事。?である。危険物、禁止物の疑いがあるものはどう扱うのでしょうか。まさ,責任者がいて、開けてチェックし、禁止物なら、取りだしてしまうのでしょうか。かなり、?の話である。事実、私は、揮発性のエアーリキッドをバゲジに入れてあった。取り上げられてもともとと覚悟していたが、バゲジを開けたらちゃんと入っていた。以上は日本とあろうものがという話でした。

そのバゲジ、ジャカルタではX線でチュックされる。怪しいと疑いがあるものはチョークでチェックマークを付けられる。バゲジをチョークで汚されるのである。吹いても、拭いてもきれいに消すことができない。私のバゲジはその汚れがたくさん付いている。ジャカルタへ着く度に増えているのです。カスタムを通過するとき普通は機内へ持ち込んだものだけX線を通すが、私の場合は、バゲジももう一度チェックされる。しかし、中身はインスタントラーメンやお菓子類なので、係員はがっかりする。お金を踏んだくれ期待を裏切らたからである。

インドネシアで楽しく暮らす 15−39★

斜めからインドネシアを眺めよう 39

ガルーダインドネシア利用者の預けるバゲジを黄色いPPバンドで縛る。それは、何年か前まで、預けたバゲジを開けて、中のものを盗む事件が多かった、今でも、貴重品や金銭を入れておくことは、どうぞ、持って行ってくださいと言っているようなもの。X線検査の人間がグルになって盗むのです。そこで、ガルーダの乗客だけは大丈夫ですと保証するためにPPバンドで縛るのです。バゲジ検査の後、必ずガルーダ利用か、聞かれる。中身が空っぽと言っても義務だからと言って縛られる。

液体のものは機内持ち込み禁止だが、成田ではイミグレの後、免税店で買った飲み物など液体は持ち込める。それが普通だと思うが、ジャカルタでは搭乗者待合場所に入る前にX線チェックがあり、すべての液体物は取り上げられてしまう。免税店で買ったものも持ち込みはできないようになっている。まだ、飲んでいないポカリスエットを取り上げられたことがある。その場で半分ぐらい飲んだが。

インドネシアで楽しく暮らす 15−47★

斜めからインドネシアを眺めよう 47

 案外皆さんに知られていないことでしょうが、蚊は黒い物の上が好きです。暗い所、黒いところ、暗い所は明るいところより多くいることは常識的に納得できますが、黒を好むということを話すと、始めて知ったという人が多い。インドネシアの蚊の発生は半端ではない。インドネシア中どこにでも大量にいる。旅行の必需品として他にもあるが、虫除けのクリームとスプレー特に必要である。

 それは、さておいて、私の家の窓という窓にはアミが付いている、ついていなければ買ってきて自分ではる。扉も二重になっている。しかし、一寸油断して開けっ放しにしておくといつの間にか、蚊が大量に入ってくる。

 そして、部屋が明るい時は黒い物の上をぶんぶん舞っている。ちょっとじっとしていれば、頭の上に集まってくる。その集まったところに虫殺しのスプレーを吹きかければ一網打尽に蚊を落とすことができる。だから、追いかけるのではなくて、黒いものをいておき、集まるのを待ってやっつけるのがコツである。

 

インドネシアで楽しく暮らす 15−48★

斜めからインドネシアを眺めよう 48

本当かどうか確認していないが、ジャカルタに住んでいる人に聞くと、元気な蚊は、アパートの11階ぐらいまで、登ってきているらしい。一階3mして、30m位でしょうか。15階や20階に住んでいる人から、部屋に蚊がいるという話は聞かない。人と一緒にエレベーターであがってくる蚊はいないようです。

蚊が天井にとまるとき、勿論背中が下になります。それでは、どういう方法で背面になるか知っていますか。蠅も同じですが、とまりたい場所で、横にくるっと体をひねって横に回転して背面になります。ですから、体を反りかえらせて背面飛行をしてとまるのではありません。どうでも、いいことですが、大学生の時、じっと眺めて確認しました。もしかしたら、そういう特技を持った蚊がいるかもしれません。

プラスチックの押出成型で、蚊の針の様に、刺されても気がつかないような注射針の試作もしましたが、実用化の努力は放りだして、インドネシアへ来てしまいました。

 昨日は西郷隆盛と勝海舟の会談が駿府城で持たれた日でしょうか?薩長連合の会談の日だったのでしょうか。そんなことはないと思いますが、当時の坂本竜馬は今の私の心境と似ていたかもしれません。

ジャパンフェアーと日本食スーパー

 ジャパンフェアー ジャカルタ北部のアンチョール近くクイマヨランの見本市会場で開かれた。国交50年記念の見本市だという。

 ものすごい人出だった。大したものが展示されているわけではないが、異常なくらいの人気で人をかき分けかき分け進む状態だった。三次元の新幹線映像は長い行列ができていたが,私も列に紛れ込んで見た。眼鏡を掛けての立体映像、槍が飛んできたり、てんぷらを差し出されたり、雪を掛けられたり、臨場感があって、皆さん満足していたようだった。

 たった、15分の映像差が、出てくると100人くらいの行列がまたできていた。

 日系企業が生活にしみ込んでいるにしては参加企業の数が少ないように思う。バイク関係は全くなかったし、化粧品や薬品、病院関係や台所用品、紙関係、部品製造なども出していない。主催者の努力が足りないのではないでしょうか。私なら、今回の三倍は集めることができたと思う。

 ウドヨノ大統領や福田さんまで挨拶しにきたにしては規模が寂しかった。日本やヨーロッパの各種見本市をみているので、そう感じたのかもしれない。

 帰りにパパヤに寄ってみた。普通の状態に戻っていた。買い物客の車がブロックMの奥の方まで並んでいた。

 日本へ留学のYANTO君

 私のウェブサイトhttp://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0105.htmlで紹介していますが、ヤント君、現在静岡産業大学の3年生。彼は、学業の他に、静岡の観光親善大使を務めたり、インドネシア人留学生のリーダーをしたり、静岡交際交流センターで仕事を手伝ったりしています。

 静岡や浜松でインドネシア紹介のためのイベントの数々も彼がリーダーになってやっています。大変忙しそうに活躍していますが、今回はまた、ある雑誌、外国人のための留学紹介誌の表紙になっていますので、紹介したいと思います。http://www.jpalc.com/をご覧ください。写真をクリックすると雑誌のようになります。右下の矢印をクリックしてページをめくると、彼が静岡を紹介しているページに当たります。

 私が、日本へ帰るたびに会って、クルプックやインドミーをお土産に持って行って、話をしていますが、彼の活躍ぶりには感心するばかりです。彼は、静岡ではかなり有名人になっているようで、県知事にあったり、市長にあったりしているようです。静岡新聞にもたびたび紹介されているようです。

 保証人の私は日本人には無名ですが、静岡にいるインドネシア人達には有名人です。国際ことば学院やアイセルで彼らとよく話をしますし、太田化工でアルバイトをしてもらったこともあります。

インドネシアで 楽しく暮らす 15−73★

斜めからインドネシアを眺めよう 73

鳥インフルエンザ、新型インフルエンザの発生は現在、唯一で最大なのが、インドネシアです。最近はインドネシア国内であまりニュースとしてとりあげられていません。ニュースがあっても、扱いは非常に小さい。テレビでの報道は、ここ、半年ほど見たことがない。日本人向けの新聞“じゃかるた新聞”でも、たまにしか扱っていないが、インドネシア新聞に比べれば、深刻度を強調している。

最近、また、タンゲラン方面で、15人ほどが感染した模様、死者が100人をはるかん越えているが、その情報もつたわってこない。

診断ができるジャカルタ周辺、ジャボタベックいっている地域では、鳥フルの診断は何のかできるらしいが、インドネシアの他の地域では、診断ができない。多くの人がなくなっても、何が原因で無くなったのかわからない。鳥が大量に死んでも、償却や隔離はしないで、何ごともなかったように市場で売られる。

日本人の食の安全についても考え方は、まったくインドネシアでは、どうでもいいことである。地滑りや洪水、交通事故、さまざまな病気が原因で、平均余命は70にはなっていないと思う。そのためにも、子供を多く生むという説さえある。

先日、結婚50年(金婚式)のお祝いが盛大に行われている会場に出くわした。何の祝いですかと聞いたら、夫婦とも70歳以上で、これは稀なことだと、自慢げに話してくれた。

 26日 インドネシアで 楽しく暮らす 15−107

 斜めからインドネシアを眺めよう 107

 一日遅れの静岡着で、総合病院の今年診療最終日、4日朝、出発なので、今日しかない。予約時間を14:00に変更して、先ほど、薬を三ヶ月分処方してもらい、受け取ってきた。

 その足で、太田化工に行って、装置の交渉をした。インドネシアへ送ってもらうためである。また、旦那さんを通して、出産したばかりのユニーさんにインドネシアからの食料品の土産を渡した。

 やっと、 駿河の国は丸子の宿の我が家に落ち着いている。野次さん喜多さんが立ち寄ったが、夫婦げんかのために食べることができなかった、“とろろ汁の丁子屋”は近い。

 インドネシアには無い暖房を利かせて、くつろいでいる。今日、16:00過ぎに到着した。

 寒い。静岡は温暖な気候で、冬暖かく夏はそれほど熱くない、過ごしやすい土地ではあるが、さすがにインドネシアから冬に戻るのはつらい。第一、飛行機から降り立ったときの服装が、冬の状態ではない。到着日と出発日の二日だけ耐えればいいだけなので、冬服は準備しないし、着ない。成田エックスプレスをホームで待っているときが一番つらいが、冬服を持っていない恵まれない人のようで、まわりの視線が気になる。熱いお茶のボトルを握り締めたり、ほほに当てたりしている。

 二日三日で、両足に痒い痒い湿疹が出来始める。保湿クリームを塗っても効果がない。毎年繰り返すが、今回も当然覚悟をしている。ひどくなる前にインドネシアへ戻るといいと思う。

 年末年始のテレビ番組に飽きたら、趣を変えて、

 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/から、インドネシアの旅と生活を満喫してください。

 27日 インドネシアで 楽しく暮らす 15−108

 斜めからインドネシアを眺めよう 108

 短期間で忙しいので、帰国すれば決まってやることは、インスタント食料品や応急薬(目薬、鎮痛剤、オロナイン)季節による果物、今なら干しカキやミカンや甘栗などを空いた時間に購入しておくことだ。また、工具類で日本でしか手に入れることができないもの、シックネスゲージやプラスチックハンマーなどは、庭木の剪定はさみも、あればインドネシアで重宝する。ドリル関係も0.1mm単位で揃えれば、穴をあけるだけでなく、内径チェックジグとして使えるし。ノギスが狂っていないかどうかもチェックできる。

 先祖への墓参り、お彼岸には行けないので、帰国した時は行くようにしている。私の生まれ故郷でもあるし、富士川町という、風光明媚な土地なので気持ちが洗われる。特に正月は間違いなく美しい富士山と愛鷹山(あしたかやま)を麓から全部のパノラマを堪能できる。こんな素晴らしい景色を見る人は少ないと思うくらいだ。

 そして、90何才かになった母親のご機嫌うかがいである。私の妹と一緒に同じ静岡市内に暮らしているが、頭脳は明晰、歩行はちょっと不自由、まだまだ、長生きしてもらわないと困る。

 百円ショップによって、インドネシア人が喜びそうなもの、例えばドラえもんやキティのキーホルダーや日本の景色や花のカレンダー、そんなものを土産に持って戻る。時々日本語学校へ行っているが、そこの学生に喜ばれる。

 昨日、夜、明日どこかへ行く予定はないの?と聞かれた。買い物に行く予定があるよ。と答えた。どこかへ用事があって、予定がないなら、送って行ってもらいたいからと、言われることを予想していた。ところが、全然、違っていた。「明日、生け花教室で生徒さんが、今年最後の作品を正月用にしたいからと、材料を自分で、買ってきて集まるから、10:00〜14:00頃まで、出かけていってほしいけど、いい?」と言われた。10人以上集まるから、客間と私のくつろぎ部屋と二回の娘の部屋も使うので、私が、家にいては困るのである。私は買い物に出かける予定があったが、何時まで戻ってこないで、と、頼まれて、複雑な心境だった。15:00頃、家に戻ったら、綺麗に片付いていて、すべて終わっていた。参加者の孫たちも何人か来て、楽しかったと、言われた。

 民生委員をしているので、呼び出されて夕方出かけて行って、まだ、帰ってきていない。

 3月15日 インドネシアで 楽しく暮らす 15−182

 斜めからインドネシアを眺めよう 182

 久しぶりのインドネシアでのゴルフ。バリで買ってきたオランマル(恥ずかしがりの人)を三人にプレゼントした。ジャカルタのパサラヤやソゴーやサリナなどの土産物コーナーで買えば30万Rp以上するシロモノ、バリ、クタのマタハリで買えば15万Rpである。

 私が買った値段は4万Rpでした。最初、8万Rpといわれ、私は3万Rpと云って交渉した結果4万でOKした。その時使ったタクシードライバーが、買わないといって、その場を離れれば、3万Rpまでさがると言っていた。言われた半値以下にすることがこの場所では当たり前のことだと言っていた。買う前に云ってくれよ、と、云ったら、日本人としては安い買い物をしたから、と言われた。

 雨季も最終になって、日差しが強い。この時期、雲がなくなった空は一年で一番青い。空気が雨で洗われて埃が少ないからである。積乱雲の白さと空の青さが際立つ。一番紫外線が強い時期です。手袋をしている左手の白さが浮き立つ時です。

 また、機会を失っていた散髪に行ってきた。カットとカラーリングとボディーマッタージ一時間で15万Rp(1200円)、ただし、剃刀で耳の周りの輪郭を整えるが、安全剃刀で何もつけずにごりごりやる。また、最終の仕上げはなにもしない。また、カラーリングは乱暴で、飛沫が飛び散るし、おでこや耳や首の後ろなど、毛以外も染めてくれる。はみ出しがひどい。一週間ほどで消えるので私は気にしない。

 3月16日 インドネシアで 楽しく暮らす 15−183

 斜めからインドネシアを眺めよう 183

 四月九日の国会議員の選挙がある。二三か月以上前から、賑やかの選挙運動が始まっていると思っていたが、今日から選挙日まではカパニエダマイと云って、平和な選挙運動という日程に入った。公式の選挙運動が始まったのです。大量の運動員を動員し、各都市、街を車やバイクや徒歩で行進する。政党に日時とコースが割り当てられている。公平にするということと、衝突を避けるためである。

 当然、インドネシア中の道は彼らがわがもの顔に占拠するし、ストレス解消のような、羽目をはずす行動をするので、どこも、かしこも大渋滞になることは必至である。実際、今日から渋滞がひどくなっている。

 こちらの人たちは名前を書くという投票ができない人が大多数なので、40近くある政党の各選挙区の立候補者の名前と顔写真と政党名と政党の番号が一覧表の大きな紙を受け取って、其処のいずれか一か所にレ印チェックをする。その紙の大きさは20cm四方に畳まれているが広げると70cm四方ぐらいになる。印刷した用紙を折りたたむ作業だけでもおおくの人を使う。紙、印刷代も大きいが折りたたむ人の費用も大きい。

 それでも、テレビのインタービュー番組では、選挙があるということを知らない人が多いし、日時を知っている人は少ない。選挙方法を知っている人はもっと少ない。

 また、選挙違反がどんな行動に当てはまるのか分からない。買収は違反ということは常識的に知っていても、インドネシア、イスラムには、金持ちが貧乏人に施しをつることは当然という考え方、習慣がある。この区別は出来ないと思うのだが、どう判断するのでしょうか。インドネシアだから金額次第でどうにでもなる。

 私の電話番号は        628111007012

E-Mail address    otak-otak@makuta.co.id                             

で、しばらく、落ち着くでしょう。

 4月6日  インドネシアで 楽しく暮らす 15−203

 斜めからインドネシアを眺めよう 203

 何処から、投稿しているでしょうか。バリのデンパサール、ウングラライ空港の出発ロビーからです。ジャカルタまでのトランジットで立ち寄っています。成田からの乗客のほとんどはバリで出ていってしまいました。ハンドホーン、テレコムセルのフラッシュを使って、インターネットにコネクトしています。

 日本へ向かう時は夜中ですから寝ていますが、インドネシアへ向かう時は、転寝ぐらいはしますが、ほとんどは起きていて、映画を見たり何かの文章をワードで書いているかですが、今回は、インドネシアのプラスチック押出成型の統合についてのプランを立てていました。2012年末を最短期限とする、設備の内容や人間の構成、生産品目の予定を立てていた。この事業計画書はさきほど、ブログの投稿と共にN社の海外戦略責任者に送った。

 バリの空港の待合所のレストラン、バリインターナショナルロッジでスンブルリストゥリックはあるかと聞いたら、冷蔵庫の電源をはずして使わせてくれた。飛行機内でバッテリーを使い果してしまったのです。

5月7日   インドネシアで 楽しく暮らす 15−233

 斜めからインドネシアを眺めよう 233

 “天映頻道”という香港のHBOのようなもので日本を始め東洋の映画だけを流すテレビ番組がある。何気なく、チャンネルを変えていたら、呉清源というタイトルに出会った。知っている人はほとんどいないでしょうが、戦前戦後の囲碁界の風雲児だった。若くして、囲碁界を席巻した、木谷実との好勝負は知る人ぞ知る。今の碁界にない、侍の真剣での勝負のような緊張感があったようです。

私はもう何年も碁を打っていないし、詰碁も解いていない。しかし、碁と聞けば胸が躍る。あの人はどうしているでしょうか、あの方たちはまだ生きているのでしょうかと、思い巡らす。70を過ぎればまた碁ができる環境に戻るかもしれない。

 それにしても、呉清源が得体のしれない宗教にのめりこんでしまっていたとは全く知らなかった。

 ジャカルタの囲碁状況について、詳しくないが、聞くとことによると、スディルナンのスミタマスビルの日本文化センターで一週間に二回?集まりがあるようです。また、KOTAのどこかで、日本人が、碁ができるスナックを経営しているとか。正確ではないかもしれない。ジャカルタまで夜出かけていって打つ気は全くなし。たまに日本棋院の海外普及担当のプロ棋士が来て、指導をするようですが、参加したこことはない。

 日本にいる時には、大会や対抗戦など地区の代表や業界の代表として出場したことがあるが、そういう真剣勝負は大変疲れる。頭をできるだけ使わないで感覚で打つように心掛けていたが、二三番打つと頭がぼーっとなり、映画館から出てきたようになってしまう。パニック障害の症状が出てしまいそうで、怖くて打てない。

 ジャワ島の中なら車でしか行きません。それも、大部分の行程を自分で運転しまう。事故を起こしたことはありませんが、巻きこまれたことは二度あります。確率的にはゼロに限りなく近い。全く、不安はありません。インドネシアの車の運転は、込み合っているスキー場で滑降をしている時に似ています。瞬時に方向や速度をコントロールします。仕事の技術とも似ています。瞬時に判断して条件を変更しまう。ですから、インドネシアでの車の運転は、面白い。5月21日からまた、車で、中部ジャワの山の中へ行ってくる予定です。

5月30日   インドネシアで 楽しく暮らす 15−256

 斜めからインドネシアを眺めよう 256

 HOMOGAMIとPOLIGAMIご存知ですか。ORIGAMI(折り紙)の間違いではありません。れっきとしたインドネシア語です。

 イスラムでは一夫多妻とその逆の一妻多夫が許されているのはご存じでしょう。妻が多い方をPOLIGAMIと云い、夫が多い方をHOMOGAMIと云います。

 化学やプラスチックに関連して、分子量を表す時にホモとポリは使います。ポリマー、モノマー。分子が沢山つながっているものと、単体(一個)の分子です。語源はギリシャ語からでしょうが、妻が分子量となっているのでしょう。多い方がポリで一人がモノなのです。面白いと私は思います。イスラムは男性がしなければならない義務が多いのですが、一般的には女系家族です。

 ちょっと、頭が痛くなりそうなことを書きます。余計なことですが、ポリは沢山、モノは一つという意味ですから、ポリエチレンPEとかポリプロピレンPPとかポリビニールクロライドPVC(ポリ塩化ビニール)などのように高分子プラスチックのことを、こういう名前で区別するのです。

 皆さんが一般的に使っている“ポリ袋”というのは、とんでもなく変なのです。意味は、袋が沢山、です。本当はエチレン袋とかプロピレン袋とかビニール袋といわなければならないのです。プラスチックの袋を総称するなら、短縮してプラ袋といえばいい。プラモデルのように、ですね。しかし、言いにくいですよね。やっぱり、ポリ袋が云い安くて、皆さんに受け入れられているので、変えることはないですが。

 それでも、化学、プラスチックの一応、専門家としては聞くたびにひっかかりますし、私自身は、ポリエチレン袋、など、それぞれのプラスチックの種類を指定して云います。

 この程度のことを知らない日本人がプラスチックの成形の会社の責任者になっている場合がインドネシアにも日本にもあるのがすごいというか怖い。知っている人の評価をするのですから怖い。

 インドネシアではKantung  plastic(プラスチックの袋)と云います。これは正しい。

6月10日   インドネシアで楽しく暮らす 15−268

斜めからインドネシアを眺めよう 268

インドネシアに住む日本人のゴルフ好きというか、それしかないというか、かなり盛んです。

インドネシアの日本人が一般的に楽しむ賞金配分の方法がある。先日も書いたが、オリンピックをしましょうと誰かが必ず言います。誰も言わなければ私が言います。

ルールはグリーン回りからグリーン上に関して、です。基本は、皆さんグリーンに乗ってから、一番遠い人から金4点、銀3点、銅2点、鉄1点の権利がありワンパットで入れればそれぞれ得点します。グリーンの外から直接入れればダイヤモンドで5点得点です。三人でプレーした場合は銅が最低になります。

砂一というのがあって、バンカーから一打で出して次の一打で入れれば3点です。グリーンの外からでもいい。バンカーから出すのに二回以上打った場合はだめですが、他のバンカーへ入れた場合はまた権利が生じます。また、バンカーから直接カップインしても得点です。これは自動的にダイヤモンドですから、8点です。

竿というのは旗竿の長さより遠いワンパット目の場合に、これは、“竿“と、はっきり宣言します。一発で入れば3点、二打なら0点、三打以上なら−3です。グリーンの外からでも宣言できます。

ショートホールのニアピンもセットになります。一番ホール近くにワンオンさせた人に権利があります。そのほかの人でオンさせた人権利は消滅します。ワンオンしなかった人には、ニアピンの権利をもっと人の得点を消す権利が残されます。消しゴムとか消防隊といっています。ニアピンの権利を取った人はパー以内でホールアウトすれば3点得点できます。ボギーでは消滅です。また、消しゴムの人がパーで上がった場合は、バーディーで上がらなければ消滅します。該当者がいない時は次のショートホールに持ち越されます。最終まで、持ちこされれば四階建てになり、其処でニアピン賞を取れば一挙に12点獲得できます。

バーディー賞は3点です。

極端な例を書きます。砂、竿、オリンピックが金でワンパット出入れば、それがバーディーだったら、一挙に13点です。

四階建てで、竿で、バーディーなら、18ポイントです。

一点2000(20円)Rpが普通です

 

最終計算方法 (各人のポイント×4)−(A+B+C+D)

例          point    ×4

  Aさん      15    60           6056=4

    Bさん     30    120      12056=64

    Cさん       4        16         1656=40

    Dさん       7        28         2856=28

                56                             0

Aさんは8000Rp、Bさんは128000Rp受取り、Cさんは80000Rp,Dさんは56000Rp支払います。    

ゴルフでかっかとして、キャディに当たったりしないでください。自己責任が基本です。 

       

6月11日   インドネシアで楽しく暮らす 15−269

斜めからインドネシアを眺めよう 269

ちょっと難しくなりますが、

得点の配分について、人任せでなく、自分でもやってみてください。しかし、自分がやるという人があれば、お任せすればいいと思います。

マイナスに人や0点の人がいた場合はその人が1になるように全員に同じ点数を足してから4を掛けても同じことです。三人の場合は三を掛けて足し、三で割ります。

話は変わりますが、品質管理で使う標準偏差(σ)値の計算方法と処理した数値をもとの処理前に戻すという点で、似ています。数値のバラツキの程度を表す基本的な数値で、QC担当者なら誰でも日常的に使う数字ですが、計算方法は自動的に結果が出るようにシートが用意され、其処へ数字を入れれば自動的に計算されて出てくるようになっている。エクセルの自動計算のように、です。

バラツキが正規分布をしていると想定し3シグマに99.6%が入るということになっています。σが小さい方が、バラツキが少ない。寸法公差を決める時に試作品の±3σにするという考え方を根拠に客先と交渉をします。客先の品管は、σをもっと改良して公差を狭くするよう希望するのは当然です。

ですが、大部分の人は、なぜ、そういう計算をするのか知らない。データの平均を出し、各数値が平均からどれだけ遠いかをだし、プラスとマイナスの数値を二乗して全てプラスの数字にしてから合計し、√にして、元に戻します。標準偏差です。

偏差値とはマイナスの人がいてはかわいそうなので50を足して知らせているのです。こんな話をインドネシア人にしても全く意味がありません。もっとも、日本人の経営者の方々に話せば、自分を馬鹿にしているだろうと誤解されてしまいます。難しいものです。    

話のタネは次々と出てくるものです。製品サンプルを提出した会社を訪問し、内からに切り替えるようお願いしに行った。そこで、今まで、購入していた製品を見せていただいた。ヒドイ物だった。作った会社、こんな品物を作ってOKにし、出荷する神経が分からない。押出成形を専門にやっている会社として恥ずかしい。購入していた会社はそこしかないので、外観の不良などは問わずに使えればいいということにするしかなかった。

 内からの品物と今までの会社の品物と同時に同じ会社に出荷するわけにはいかない。二社購買はできない。ですから、来月から全面的にPT.MAKUTAに移管されるでしょう。

当然の流れです。品質、価格、納期管理、いずれも格段に内が上です。

 6月21日   インドネシアで楽しく暮らす 15−279

 斜めからインドネシアを眺めよう 279

 昨日のコンペで、ドラコンを始めて取った。というのも他の全員がフェアウェーを外したからです。150mでドラコン、皆さんの話題のタネになった。

 ジャバベカの仲間とゴルフが終わるとシャワーのあと食事です。大体、決まったメニューを頼みます。サラダが楽しみ。ドレッシングはKスペシャルと云っていますが、Kさんがいつもジャカルタの日本食スーパーで購入してきて準備してくれている。ボトルキープをしているのです。

 今日はインドネシアのお茶について、高原地帯には広大な茶畑が広がっている。一年中茶摘みが行われている。茶摘みの労賃は1kg300Rp(3円)です。一日働いて、5kg1500Rpです。悲しくなるくらい、少ない報酬です。

 静岡の茶畑はどうでしょうか。限られた時期しか収穫ができない上に労賃も100倍ぐらいなのだと思う。それで、インドネシアのお茶が緑茶に加工し冷凍して輸入ということをすれば、静岡やその他のお茶産地は壊滅するでしょう。そうなっていないのは、輸入していないからです。知りませんが、障壁があるのでしょう。

 インドネシアのお茶はすべて紅茶です。緑茶(テーヒジャウ)という名前で売っていても実は紅茶です。日本のような緑茶は全く売っていません。苦みがインドネシア人は苦手なのです。

 日本から多くのお茶の栽培に関して技術指導に来ているようですが、日本茶の製法は教えていないのですか。暗黙のうちに教えないことになっているのでしょうか。インドネシア人が日本へ行って緑茶の製法を学ぼうとしても教えないのでしょうか、不思議だと思う。

7月1日   インドネシアで楽しく暮らす 15−289

斜めからインドネシアを眺めよう 289

7月に入って、新しい展開になりそうだ。本当に気の毒な人がいるものです。パワハラの対象者からの仕返し(客観的に見て、あり得ない)の恐怖におののき、まったく、あり得ないことを、あるように思いこんでいる。

PT.MAKUTAは大変忙しい状況になっている。お客さんの都合で、急に仕事が増えたからです。近所からアルバイトの女性(主婦)を臨時に使っている。

インドネシア、特に、ジャカルタ周辺の町には、仕事を求めている人が溢れるほどいる。アルバイトを募集すれば、たちどころに集まり、翌日には時間どおりに出勤してくる、歩いて通えることが条件で、通勤費を出す必要はないし、時間給5000Rpくらいで、十分。

民家が周りにある、半分森の中の工場なので、こういうことができる。工業団地内の工場ではこうはいかない。

話は違うが、インドネシアに、日本の会社へ技術者を斡旋する会社がある。職業訓練所を自前で持っていて、希望者(勿論、入るのにテストはある)日本語、5S、ホウレンソウなど日本働くための心得を教え、希望の会社に派遣する。派遣先の会社からの謝礼金が運資金になる。最大の目的は派遣先の会社で日本の高度な技術、そこまで行かなくても何かの技術を覚えてインドネシアに帰った時、その技術や仕事ぶりを、生かせてほしい、ということです。

大変、慈善事業的で、素晴らしいことだと思うが、そのシステムを運営する日本人の不満は、日本企業が迎えた人たちを単なる組立作業など単純作業しか、させないので、お金は稼ぐが技術を全く覚えてこないということでした。日本企業に不満を漏らしていた。

12月13日 インドネシアで楽しく暮らす 15−455

斜めからインドネシアを眺めよう 455

 早朝からジャバベカでいつものメンバーでゴルフ、今年、インドネシアでは最後でした。来年のメンバー費を払った。個人永久メンバーですが、8万5千円だった。土日の場合のメンバー、ノンメンバーの差が、7千円位なので、年間12回でとんとんである。私は、多分、30回以上はやるので、十分元は取れる。ちなみにプレー日は無料で、主に、キャディー費とカート費で、2千円払うだけです。1年間だけの会員費は15万円ですから、こちらは、22回くらいで、元が取れることになります。

 日系企業や日本人は圧倒的にカラワンの会員が多い。ジャバベカはゴルフ場がどうのこうのでなく、プレー費が高いからやらないという人がおおい。ですから、コンペはカラワンで開かれることがおおいので、私は参加しにくい。コンペに参加すれば、様々な業界の人と知り合うことができて、ゴルフをやる意味が大きくなるが、どうしてもジャバベカだけで、同じ仲間とやるので、情報の範囲が狭くなることは仕方がない。

 インドネシアで仕事をする人にとっては、ゴルフをすることが、必須条件に近い。その理由は、大勢に人と知り合い沢山の情報を得ることと、交友範囲を広げることです。上手、下手、ポジションの上下やインドネシア暮らしの長さ、年齢は関係なしに、付き合いができるので、特に若い人、インドネシアの経験が短い人、性格的に内向的だと思う人、無趣味な人、運動神経が良くないと思っている人、にとって、ぜひ、お勧めします。

 ただし、初心者でも、マナーについては、経験者から確認して、特に、後続のプレーヤーに迷惑を掛けない注意を払ってほしい。

ところで、私ですが、筋力が衰えてきているからでしょうか。飛距離が次第に短くなっているようで、次第に、グリーンまで遠くなっているような気がする。ショートホール全てでドライバーを使うが、この1年一度もグリーンまで届いたことがないので、ニアピン賞は取っていない。145〜165mだが、145のところは高くなっているので、転がって登らないので、オンできない。1か所は、グリーン真っ直ぐ打つと、池に入ってしまうので、30度位は左に打つしかない。直接オンは最初からあきらめている。

 

この1年、私と一緒にプレーしていただいた方々に、ありがとうございました、です。

 1月6日 インドネシアで楽しく暮らす 15−479(インドネシア)

 斜めからインドネシアを眺めよう 479

 インドネシア、ジャカルタタイム22:30(日本時間00:30)家に着いた。また来てしまった。

 成田発よりかなりゆっくり、08:40に家から出る。皆が門前で見送ってくれた、初めてのことである。「次はまたドイツへ来て」と、頼まれた。

 静岡駅前09:15リムジンバス出発、富士山静岡空港着10:07着11:45出発のつもりが、コリアンエアーの到着が遅れて、はらはらさせられた。それも、インチョアンでの連絡時間が一時間しかない。45分遅れたので、空港内で、ダッシュ。搭乗時間は過ぎていたが、まだ、行列状態だった。危ない危ない、やはり、このコースにはリスクがある。ジャカルタ行きの日本人は私一人のようだった。欧米人もいない。とにかく、韓国語でしか話しかけてくれないので、いちいち、英語で聞きなおさなければならない。疲れる。だから、ほとんど、寝てしまいたいが、あいにく、インドネシア人の子供が隣に座って、ゲームを大騒ぎでやっていて、奇声を上げる。眠れないから、これを書き始めた。

 その子の母親はインドネシア系韓国人で、里帰りなのだろうか、状況は聞かないが、入国カードや関税カードの書き方が分からなくて、聞いてくる。彼女も私を韓国人と思い込んでいたらしく、いきなり、韓国語で話しかけてきた。インドネシア語で私は日本人ですが、インドネシア語はできます、と、言ってやったら、一瞬、戸惑った顔をしていたが、インドネシア語で会話を始めて、全部書き終えた。かなり、思いがけない状態で、それでも、安心したようでした。

 昨日の夕方から、頭の両側が重くなり始め、今朝、起きた時には痛くなっていた。じっとしていられなくなるほどだった。当社拒否症候群ならぬ、インドネシア行き症候群になっていたのかもしれない。体が、日本の快適な環境から、離れることを拒否したのかもしれない。一応、痛み止めを飲んで、治ったが、全く忘れていたパニックにならないかと心配したがならなくて安堵した。

 会社は受注をこなしきれずに、正月も休日出勤で休みなしだったそうです。

 韓国のインチェオン空港、−10℃だとか、二度とこの飛行場を見ることはないでしょう。やっぱりバリ経由でガルーダがいい。

 1月7日 インドネシアで楽しく暮らす 15−480(一人 痛い)

 斜めからインドネシアを眺めよう 480

 今日から投稿は22:00過ぎにする。

 賑やかかった日々から、突然、一人暮らしになって、朝起きた時の空虚さ、これは、ひどい落差である。あんなに賑やかで、叩かれたり、寝ていれば体の上にジャンプして乗ってくるし、坐っていれば、肩車を要求して乗っかってくるし、コンピューターのモニターやキーボードを、いきなり、指でついてしまうし、全く、自分が予期していない行動をしてくれるので、彼女達の気配を感じた時は、何が起きるのか予測しなければならない。体のあちこちに力が入ってしまう。それが、日常的ではない快感になっていた。

 二週間明けた家のタイルの床にはうっすらと埃がへばりついている。汚れ拭きから始めた。

 早速、新工場の着工が始まると期待していたが、どうも、遅れそうだ。また歯がゆい思いをしなければならないようだ。人任せでやることは、私の思うよりも必ず遅くなる、それは、承知しているのだが、やはり、歯がゆい。私がやった場合で期日や予定を立てるのは全く意味がないし、お客さんに予定をいうことは裏切る可能性が大きい。だからと言って、私が思う、1.5倍くらいの遅れを見て、言っても、裏切られることになるかもしれない、だから、やはり、もう、自分でやりたい。それも、できない状態なので、ある程度のところで手を引きたい。ただし、やらなければならないことはやる。

 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/

 日本へ帰る直前に前歯を差し歯が抜けてしまって、恰好悪くなってしまったのを修正するために、前に行ったハラパン クルアルガへまた行ってきた。その歯を乱暴にも、当然のようにボルトまで削ってしまって、神経に触るまで穴を掘ってしまった。行く前まで全然痛くなかったのが、今は痛くてたまらない。バッファリンを持っているなら、痛み止めは出しません、と言われ、はい持っています。と言ってしまったが、バッファリンがなくなっていた。マリアさんが、持って行ってしまったらしい。これも死ぬことはないので、一週間我慢するしかない。それにしても、この痛みは何年振りだろうか。

 前歯に一本が抜けてしまったが、もう一本も出ッパの様に傾いて、下くちびるに当たってしまうので、この歯も差し歯にすると説明を受けた。一本が1100円で二本の差し歯代金2200円の前払いを含めて、今日は3500円(35万Rp)払った。

インドネシアで楽しく暮らす 15−503(ジャカルタの歴史的ゴルフ場)

斜めからインドネシアを眺めよう 503

P社のゴルフコンペに参加、ジャカルタの一等地スナヤンゴルフである。プレー費は45万Rp,いまどき格安である。確認してありませんが、ジャカルタというよりインドネシアで一号のゴルフ場ではないでしょうか。それの証拠にキャディ、最近若い女の子も少しいるが、爺さんが大部分、私より、皆、年上の様な気がする。実施には60歳までいっていない。勤続三十年以上というのがほとんどである。他のゴルフ場はこんなことはない。このゴルフ場のその他の特徴はジャカルタ都市部の一等地にあることです。ジャカルタ近郊に掃いて捨てるほどゴルフ場があるのに、何故、ここに、ゴルフ場を残してあるのか不思議である。それも、都市部だから、ゴルフ場としては狭い。ボールを飛ばす人がコースから大きく外せば高いネットを越えて、外の道路に出てしまう。その道は、当然、交通量の激しい場所である。その上、どぶ川がいくつも流れていて、いずれも、流れがゆっくり、ゴミがこれでもかというくらいの量で浮いているし、濃い灰色の水は完全にドブの臭いで、耐えられないヒドイにおいが漂っている。蚊が多くちょっとじっとしていると蚊に刺されるので、虫除けのスプレーをする人が多い。決して、開放的ではない。フェアウエーやグリンの手入れも悪い。バンカーはパシール(砂)ではなくタナー(土)とキャディが言っていた。その状態が何年も放置されている。

周囲には高層アパートやホテルがどんどん建てられていて、もう、ほとんど隙間が無いくらいなのに、このゴルフ場の持ち主は、多分、大金持ちで、この汚くて狭いゴルフ場を、ホテルやショッピングモールに変えることは考えていないのでしょう。ゴルフ場にしたままにしていては、固定資産税をここの収入だけでは捻出できないと思うのですが。場所的に本当に贅沢なゴルフ場だと思うし、ジャカルタの蚊の大部分がここを安住の地にして、デング熱をばら撒いていると思うのだが。ジャカルタの行政が環境改善のためのクレームをつけないのでしょうか。

コンペの結果についてはいつものように最下位に近かった。

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page04.html或る会社の閉店案内はこちら。

http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/

PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの開店案内はこちらから。

ジャバベカ2のマテルの近く、ハラパン クルアルガ(家族の望み)という総合病院で、AIU等の保険を使えます。私は歯を治療に行っていますが、これだけは、保険が効きません。しかし、料金は、日本で30%負担と同じ料金で非常に安いと思うし、丁寧に治療してくれます。ただし、前にも、書きましたが木曜日だけです。

インドネシアで楽しく暮らす 15−504(オタッ)

斜めからインドネシアを眺めよう 504

ジャワ島の各地で川の氾濫による洪水が起きている。現在はバンドゥンがひどいようだが、中部ジャワの大河ブンガワンソロBungawan Solo流域各地で大洪水が起きている。伝説を歌う歌詞のようにDi musim hujan meluap sampai jauh“雨季には遠くまで氾濫して最後には海に至る。”akhirnya ke laut水は茶色く濁っているし、乾季には干ばつになり、全然、ロマンにックな流域の風景ではない。

 

私はOTAです。パスポートもそうです。OOTAOHTAではありません。私のメールアドレスはいくつかありますが、普段、インドネシアでは、otak-otak@makuta.co.idを使っています。cbnというインドネシアでは初期からある有名なプロバイダーです。一般的には自分の苗字か名前かその組み合わせを@の前に入れます。その次が会社名、そのあとは三四種類から選び、最期がidになります。名前@会社名.net,idを使っている人が一番多い。

  しかし、私のように最後に.co.idを使っている人も多い。また、私は会社の名前は入れてありますが、名前は使っていません。なぜかというと、otak(オタッ)の意味が“頭脳、脳みそ”です。私の苗字と名前の頭文字をつなげば同じです。そこで、otakを使えばインドネシア人に親しんでもらい、直ぐ覚えてもらえます。そして、話の種になります。

otak-otakにした方がもっと印象的ですし、インドネシア語もインドネシアのこともよく知っていると思ってくれます。ですから、日本人で、なぜか、を、分かる人はインドネシア通です。

otakを二つ繋げると有名な庶民の食べ物の名前になります。蒲鉾の細長いものをバナナの葉っぱで包んで蒸したり焼いたりしたものです。味は正に柔らかい蒲鉾です。小さいので二口で一本食べてしまいます。おやつ代わりにもおかずにもなります。

私の名前とメールアドレスを見て、インドネシア人はニコッと笑ってくれます。自分の名前をいうときにオタと言わないで、オタッと言うと、相手は怪訝な顔をします。

 PT.KITAGAWA間もなく、いても意味が無い代表者と言われている人が帰国するようですが、一度、インドネシアにいる間に、会って、私をパワハラした理由を聞かせていただきたいと思います。他の人が聞いても話をしていただけなかったとか。私が間違えていたと納得させてください。そうすれば、私もあなたに謝ります。ぜひ、メールでもいいですから呼び出していただければいつでも訪問させていただきます。

もう一社の社長さんも、そうです。私が使用人でなく、対等な立場で、私が何でも言える立場で、私が漏らしたという、会社の秘密について、お話し、納得させてください。2人まとめて一緒にでもいいですから、二人で、同程度の人同士、私を批判していても仕方が無いでしょう。これだけ、お願いしても、シカトされるなら、この紙上で、知りえる事実をどんどん書きますから、それに対して、何らかの反応をおねがいします。何を訴えるのか知りませんが、訴えるぞと、脅かされたこともありますが、私の方から公に出してゆきます。

http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/

PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの開店案内はこちらから。

 私の孫とは信じがたい。

インドネシアで楽しく暮らす 15−533(新展開に向かう)

斜めからインドネシアを眺めよう 533

大河の両岸がはっきりしていない。自然に民家や一般道路に水が漂っている。その様子が余り深刻ではないようだ。三月の終わりごろまで毎年四か月ほどこの状態だとか。東側の広大な湿地帯の間をMusi川が蛇行している。雨季にはその三分の二の両岸が溢れだすという、洪水なのか、湿地帯なのか区別がつかないようだ。

 

さすがに私の子供たちである。私が留守にしている間に全員が協力して、全設備の移動と、動かすだけの電気、水、空気のセッティングも終わっていた。今日から早速、三交代勤務が始まる。客先は待ったなしである。私が直ぐそばにいる必要が無いことも分かった。

 

 S会長が、一日だけ見えられた、例によってジャカルタの渋滞で、08:30に着くはずが、10:30過ぎになってしまった。慌ただしく、会社の様子を眺め、途中、押出エリアに立ち寄ったときに、流れとして、押出の連中に集まってもらい、歓迎の挨拶をした。儀式的なものだが、無いよりは有った方がいい。会長を真ん中に皆さんで記念写真に収まった。

 その後傘下に収めたEJIPSプレス会社を訪問、そこの、日本人の方2人はアクラブ会でご一緒したことがあって、知らない仲ではなかった。そのあとの某プリンターメーカーにもご一緒させていただいた。PT,NANBUの射出の仕事は、これから、マシンの整備やシステムの整備をしなければならないが、押出の方はすでに、体制が出来上がっているので、直ぐにでも行動を起こす、その点で、今日、面会した日本人の了解を得たように思うので、早速、輸入しているアイテムについて、ローカル担当者と打ち合わせすることになると感じた。

 

 会長は15:30頃空港へ向かった。忙しい方であるが、まったく、疲れを見せない。やはり、一味も,二味も違うこと感じたが、これは、見習おうとしてもできないことだ。これでなければ、こう、急発展はしない。私じゃとってもできない。

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援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。先ほどPT.NANBUで押出の成形が始まりました。佐々木会長を迎えて、押出だけのささやかなスイッチオンを行いました。

 インドネシアの押出成形業界の中心になる工場のスタートです。私としてはインドネシアへ来て、13年間ほど抑えるしかなかった知名度アップ(積極的な会社紹介)行動を開始します。

パレンバン(スマトラ島南部)の旅行記をまとめました。

http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage107.html

インドネシア内とインドネシアから出発した旅行記です。

http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%203.html

 

3月2日 インドネシアで楽しく暮らす 15−534(なにかが変)

斜めからインドネシアを眺めよう 534

  工場の工事の進み具合が私の想定よりかなり遅い。というのも、資材の手配が遅い。作業員が資材を待っている状態が続いていたので、工事の引く請け会社に何度も、現状を話し、早く手配するように頼んだが、動いてくれなかった。今後もこのストレスは同じ業者に頼めが増幅するでしょう。もっと、気のきいた手配をしてくれると信じていたが、期待はずれだった。どこの業者も、こんなものだろうか、どうも、ペースが違うようだ。この会社の色々な、必要品の手配も遅い。そして、何もしない時間が長い。

 

チリの自身が日本に50年ぶりに影響があったように、風が吹けば桶屋がもうかる、の様な現象でしょうか。

アポを取った会社へ出かけて行ったが、突然の重要会議で、面会がキャンセルされた。重大問題が突然発生したとか、車の小型モーターのメーカーから呼ばれていたので、面会のアポを取ろうと思って、担当の日本人に電話をしたら、今とりこみ中で当分外部の業者とは面会できない、三月中はだめだろうと、言われてしまった。その会社に或る会社から納めた製品が異物混入で、一ロット全部が返品になったという話は聞いている。まさか、其の事が原因で、一か月も掛けて対策を練るとは思えない。何事が起きているのでしょうか。また、車関連の他の会社にアポを取るために、旧知の購買の方に電話した。こちらも、取り込み中でしばらくは会えないと言えわれた。事情を深く聞くことはできない。こちらは、変だな、と、思うだけであるが、困ったものである。

 

ここから、憶測です。T自動車の問題が、インドネシアの自動車関連会社にも大きな影響を及ぼしているのかもしれない。何が何か分からないが、とにかく、急発進に関係あるなしに係わらず、T社から、対策案の提示を要求されているのかもしれない。それで、何でもいいからそれらしい対策をひねり出す必要があるのでしょう。そういう社会だと思う。車の関連の上下というのは。

ところで、私が運転しているキジャンもアクセルを踏んでもしばらく前進しない、アクセルをそれより強く踏むと急発進する。停車するとき、前の車から二三m離れることにしている。車輛保険にまだ、入っていないので、点検に行っていない。点検まで、注意して発進しなければならないと思っている。坂道発進のとき、オートマは簡単だが、私のオートマ車は緩やかない上りでも発進の時、バックしてしまうので、サイドブレーキを今は使わなければならない。変な状態である。この会社が何もかも遅いという中に車輛保険に未加入というのも入っている。また、海外傷害保険にもまだ入っていない。いつになるかも分からない。

 

Otak-otakPempekです。いじれも、魚や鳥や牛の肉のミンチです。インドネシアでは大変ポピュラーな食べ物です。

 

 

3月3日 インドネシアで楽しく暮らす 15−535(あなたならどう?)

斜めからインドネシアを眺めよう 535

 オリンピックが終わって、また、普通の番組編成に戻った。オリンピック期間中はNHKテレビを見ている外国に住み人はストラスが増すと思う。全く、オリンピックに参加できないうえに番組が、風景や街並みや、何とか教室みたいな味気ないものの再放送ばかりになるからである。放送権の関係で、そうせざるを得ないことは承知しているが、受信料を払っている方としては割り切れない。

 

 会社のフォームや三交代の時間割や休日の設定など、本当は、3月1日には全部、準備出来ていなければならなかったこと、私の方からお願いはしたが、全く、動いてくれていない。自らが必要性を感じることができないので、すすんで、やろうとしないし、やるにしても、省略や不十分が多い。なにか、いじわるされているような被害者感情が生まれる。

 

電話もLANもまだある、いったいいつになるのかも分かっていない。まだ、時間がかかると言うだけである。FAX機やコンピューターは私が買いにいって、既に必要数は準備してあるが、いつになったら使えるようになるのか分からない。わたしが、直接、業者とコンタクトを取るわけにはいかないので、困ったものである。何もしなくていいから、任せてもらって、邪魔はしないでほしいのが本音である。

 

 ISOQMS ISO 9001:2008 Dan EMS ISO 14001:2004 を収得するための行動に入った。5ヶ月後、7月末が目標です。そのころにはEPTEの、会社になっていることが、私の希望としてあるのですが、ちょっと、余裕を見てたのんだ。くれぐれも、遅れないように行動してほしいと思う。トレーニング15日スタート。ドキュメントは殆ど整っているので、スケジュールより早く、収得できるはずです。自分でやれば早くできるが、許可を取らなければならない人が途中にいると、余計な手間と、説明が必要になる。分かる人ならスムーズに行くが、分からない人で、自分がやらない人だと、いるだけで邪魔になる。

 全て自分でやることとする。

  新たに入れた押出ライン。車のラジエーターの水が蒸発してしまって、エンジンがかからなくなった。高速道路を出た処で、ラッキーだった。料金所の事務所から水を貰って、直ぐ、なおした。

3月4日 インドネシアで楽しく暮らす 15−536(スタートダッシュ)

斜めからインドネシアを眺めよう 536

 マラソンでも100m競争でもスタートは重要である。スタートで遅れた人が最後に勝利する確率は非常に少ない。勝つ人は必ず先頭集団にいます。起業において幕引きやラストスパートはない。ただ、レースを続けるのみです。それも、常に先頭いることが心地いい。それが、スタートはゆっくりすればいい、徐々に加速して行けば先頭に立てる、という考えがあるとすれば、それは、間違いです。そうは考えていないでしょうが、スタートダッシュができないでいる。

 ここの、仕事については先手必勝です。私の仕事の仕方として、“後の先“という方法もありますが、これは、あくまでも、その方法を取る人は、勝てる手段として、経過を想定できる人で、意識的に後手を選ぶのです。私は、卓球のサービスを先にするか、後でするかを選ぶジャンケンで勝っても”レシーブ“と言って、相手に、先にサービスをさせました。相手が勝ってレシーブとい事は稀なので、ほとんどの試合、レシーブから始まって、相手は、サ―ビスを先にできて、満足している。思う壺だと、私は思っていた。何故そうしたか、私のもくろみを分かる人はそういなかった。今のルールは知らない。

ユニフォームも安全靴を含む仕事用の靴も発注した。靴は明日と届けられるそうだ。もう、作業に入っているが安全靴を使っていないで作業させている状態は危険で、私としては大変心配、安全靴を配布するまで、何事も起こらなければ良いがと思い。しかし、安全靴は与える必要はないと言って、なかなか、普通の靴も手配しないので、私が払って、与えるという手を使った。いつになるか分からない決定を待っていられない。

今月の16日のヌピの休みを15日と振り替えることにした。月曜日一日だけ出るなどという事を不合理と考えない物がある。動きだしているのに、未だに動かない物があるが、それは、そのままにしておく。これらのことは、一か月以上前からお願いしてあったことだった。就業規則もまだ示されていない。永久にこれでなければなないというものではないのだから、一日二日でできてしまうと思うのだが、いつになるのかもわからない。作る気が無いと思うしかない。

私は、PT,KITAGAWAの労働協約が良いと思っているので、PT,MAKUTAでは同じにしていた。一秒もかからない。PT.NANBUでも、通常勤務は一日7時間で、土曜日5時間一週間40時間でやっているが、三交代勤務の時間が示せれない。そこで、KITAGAWA、MAKUTAと同じにしている。ところが、不思議なことに今は土曜日を休みにしてしまっている。週35時間になっている。いいのでしょうか。仕事はいっぱいあるのだから、それなら、一日8時間にすればいいと思うのだが理解できない。

 マリアさんの誕生日、彼女は26歳になった。早く子供ができるといいが、今回はどうだろうか、話題にしない。私は便利に使っているが、旦那のアリ君の心境はいかに。私がインドネシア常駐のあと二年の間に、出来れば、こちらに2人で住めるようにしてやりたい。そうすれば、私がインドネシアへ来た時に泊めてもらうことができる。

パームヤシと実、スマトラ島にプランテーションが広がっている。

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援助する会社、始まる会社PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの仮ウェブサイトです。先ほどPT.NANBUからの出荷が始まりました。新たに5ラインが入って10ラインになりました。10日にもう二ライン入ります。射出はオリエンタルから購入した成形機を点検整備中です。今月いっぱいかかりそうです。

酒 知識興味無し

斜めからインドネシアを眺めよう 619

 私は全く酒類、アルコール類とは無縁です。66年に来てビールを何リットル飲んだでしょうか、酒を何リットル飲んだでしょうか。おそらく、いずれも、100Lも飲んでいないと思う。それ以上のんでいると思うが、殆ど吐き出してしまっているので、胃から下に下がったものは100L以下だと思う。ということで、インドネシアでも酒は一滴も飲んでいない。ビールも全く飲んでいません。アルコール類はゼロです。ですから、最近15年は飲んでいない。

 インドネシアのアルコール事情は殆ど知らない。しかし、アルコールをこよなく愛する人たちからの話を聞くと、日本系スーパーマーケットが輸入許可の問題を巡って問題が発生し、輸入を出来る食品が以上に少なくなってしまったことに始まって、ここ、二年ほど前から、酒類の入手が大変困難になっているし、手に入れても非常に高いという話が多い。日系のスーパーマーケットには置いてないという。置いても、すぐ無くなってしまうほど少量しか手に入らないらしい。日系のレストランでも入手には苦労しているらしい。多分、許せる範囲であの手この手を使って手に入れていると思う。

 ウイスキーやワインは比較的、普通のルートで手に入っているようです。

先日、ある人から、酒飲みの方々に大変、喜ばれそうな情報を受けた。バリと言えば、最近密造酒を飲んだ人が集団で亡くなるという事件が立て続けに起きている。そのバリから安い、アルコール度の高い焼酎を簡単に入手できるということでした。

 バリワインは有名で、空港の免税店やバリの免税店に大量に置いてある。ワイン好きの人に土産として買ったことがある。

   その情報が確かかどうか、確認するために、仲介の人に三日ほど前に頼んでおいて、今日、その酒を入手した。ルートは極秘です。確認できた。私が飲むわけがないし、鑑賞する気もない、これを、酒に飢えている人にプレゼントしようという考えです。めちゃくちゃ、喜ばれるはずです。

 インドネシア人にとっては大変有名なお酒で、イスラムの人たちの間でも飲む人にとっては魅力あるお酒のようです。Arak Baliという焼酎でしょうか、よくわかりません。アルコール40%です。価格は680ML12本で一万五千円でした。一本千二百円ちょっと、高いか安いか私には分かりません。酒類を殆ど買ったことが無いし、買ったことがあっても、値段を覚えていないし、他人が、これはどこでいくらだったとかいう話をしていても、全く、聞く必要が無いからです。

電話で頼んで三日後に手に入りました。オレンジジュースで割って飲むとおいしいと書いてある。アラックとはお酒という意味でそうです。バリのお酒という意味です。

 勿論、私は写真を取っただけで、飲んでいません。どんな味だか知りたくもありません。ただ単に水にしか見えないほど、無色透明の液体です。

片側交互通行の道でもバイクはドンドン対向車線を走って行ってします。待つことを知らない。対向車の邪魔になっていることで結局、全体の流れを遅らせる原因になっているとは思わないのです。

喉から手  入手  紹介

5月27日  ぎりぎりの生活

斜めからインドネシアを眺めよう 620

 ぎりぎりの最終日、明日から三連休、どうしても、今日、完成させなければならない物があった。気持ちの上で、この二ヶ月間、ストレスが増える一方、睡眠不足も続いた。日本なら、こんなことにはならなかったはず、いまさら、不平を言っても仕方が無いが、日本にあって、インドネシアにはないものが多く、それを使えば簡単に出来ることでも、こちらでは、出来ないことが多く、悩みが増すばかりであった。

 その上、ISOだ5Sだと、安全衛生だと、会社設立段階の準備をしている最中でも有り、技術や試作とは関係が無い話で、時間を潰されたり、そちらの方をやらなければならなったり、いちいち、私のサインが必要であったり、私のお客さんではないのにミーティングに呼ばれたり、工場を案内したり、余計な任務が多すぎる。試作に専念できないし、中断させられる。全く!!。

 まだ満足するものは出来ていないが、一先ず、サンプルを持って行った。駄目だとおもう。明日から、金型屋が三連休になるので、修正したいところがまだ沢山あるが月曜日にしかできない。もう、じたばたしても仕方が無いので、三連休は息抜きと、先入観を捨てるために、旅に出る。ひらめきが出ることを期待する。

 どんな仕事かって?それは書けない。秘密だからではない、こんな簡単に見えるものができないのがみっともないと思うからである。

てな訳で、ぎりぎりまで追い込まれてしまった。体重もここ二カ月で5Kg落ちた。ダイエットと言えば聞こえはいいが、望んでいない状態でただ痩せた。70から65Kgになってしまった。

 いずれも、運転しながら前を行く車を撮った写真、一つは、パトカーに先導されて高速道路の中央をはしている中途半端に重要人物の車の後ろを付いて行っている。渋滞に遭遇した時に一番、賢い方法である。もう一つは、インドネシアで一番飲まれている飲み物テーソスロの配達トラック。断食の時の飲み物はこれしかない、満喫するには他に変わるものは無い。と書いてある。ぎりぎり  思いつき  ひらめき

8月8日  (^_-)-別物のISO

斜めからインドネシアを眺めよう 691

ISOInternational Organization for Standardizationの収得に向けて、ラストスパートに入った。4月初日からトレーニングがスタートし、8月末の9001と14000を収得するという目標を立てた。順調に準備ができているようで、間もなく、インターナルオーディットの段階に入る。今月末に取るという目標は変わっていない。インドネシア人の責任者だけで勧めてきた。私はノータッチである。良くやっているようで感心する。

そして、押出が先行して収得した後、全体の収得に向けて9月には、トレーニングがスタートする。来年2月末の目標になるでしょう。

 

インドネシアのISO収得は日本に比較すると大変簡単である。いくつかのエージェントから見積もりを取り、一番安いエージェントを選ぶ。規模にもよるでしょうが、押出の総人数は40人くらい、面積は1000平方メートルくらいで、期間は5カ月、総額70万円位である。インドネシアでは標準的な価格だと思う。ドキュメントが揃っていることが優先で、実態はそう重要ではない。書類通りに実施されているかどうかは二の次である。ISOを収得してから、その後の監査でして切られたことを少しずつ完全してゆけばいい。監査役が、エージェントなのだから、気が楽である。

 

とにかく、エージェントが手取り足とり、場合によっては他の会社の書類を持ってきて、それを手本にして、必要書類を作り上げる。各部署の、担当者がそれぞれ独自に書類を作ると言うより、特定の担当者が、代わりに、書類を作ってしまう。

監査についても、想定問答を作って、練習もしてくれます。エージェントは予定通りに早く収得させて、次の仕事に掛りたいのです。認定機関ともそういう話になっているのです。

日本でISOを取った担当者が指導にきて、躍起になって自分の経験や厳しさを訴えても、ほとんど意味が無い。それらをインドネシア人に伝えようとしても出来ない話だし、実際、それほどの厳しさは必要無いわけだし、かえって、存在が疎ましく感じられてしまう。エージェントやインドネシア人担当者から邪魔だと思われてしまう。100%任せれば、インドネシア方式で何もかもうまくいくのです。日本とインドネシアのISOは別ものです。インドネシアでは買うのです。エージェントは早く、安く売りたいのです。

 

南部化成の大井川工場押出成形工場から、ベテラン技術者がレバラン明けから赴任してくることになった。そこで、下見の目的で今月末にPT.NANBUに来ることになった。間もなく、その人にインドネシアの押出部門を引き継いでもらうことになる。私はよりフリーになってPT.NANBU全体の手伝いをすることになるはずです。

 

ここ、数週間、なんとなく、浮き浮きした気持ちになっている。理由は、これといってない。何となくである。

 独立記念日は17日です。幟や旗を飾るのが習慣です。道端で売り出されています。

チカランバルの街並みです。近日、新興、住宅地として、若い人が多く住み始めています。それに伴って、ルコがどんどん増えている。ジャバベカゴルフへ行く通り道です。

 

ISO  エージェント  簡単

 

8月9日  (^_-)-便利なエージェント

斜めからインドネシアを眺めよう 692

 手前1km地点でトラックがひっくり返っている事故があり朝は大渋滞、従業員の多くはブカシから来るし、日本人もジャカルタから来るので、当然ながら大遅刻、09:00になっても到着しない社員が多かった。別に珍しいことじゃない。

勤務時間変更11日からのプアサに合わせて、07:30〜16:00(休憩時間30分、日勤者対象)三交代勤務は勿論別タイムです。レバラン明けまで続く。

 

 日本なら便利屋というのでしょうか、公認会計士、税理士、司法書士や行政書士もこれに属するでしょう。エージェント、インドネシアでは、自分でやるのではなく、何でもかんでも代理人にやってもらう習慣が根付いている。自分で役所へ行って色々な書類や証明書を申請することをほとんどしない。会社関係は殆ど例外なく代理人を使う。良く言えば、その道の専門家に任せる。煩わしさから避けることと、早い、確実性を買うのです。

バイクや車の運転免許証など個人で申請し支払いをし、受け取る、身近なものは一般的に本人が全てをやります。このくらいでしょう、自分がやるのは。それでも、交付所にはエージェントが大勢待機しています。ちょっと煩わしいと思ったら、エージェントに頼めばいいのです。外国人は個人として自分で何もかもやろうとして行っても、交付所と結託したエージェントが必ず付くシステムになってしまっていて、自分でやることが出来なくなっている。自分でやるから、手伝いは要らないといっても、この書類はあるか、その書類はあるか、と聞いてくる。無いと言うとそれでは取れないと言う、自分が手伝えば、その書類が無くても、何とかしてやる、という。そこの交通警察の職員と組んでいるのですから、それができる。つい頼んでしまうことになる。

自分の会社の庶務に頼めば、最初から、エージェントに頼んでおいて、受け取りに行く日と時間が指定され、行けば、最優先で、サイン、指紋、顔写真の行程に入り、30分後には、免許証(SIM)を受け取ります。

個人でも、パスポートとなれば、エージェントを使うのが常識です。大体、住所ははっきりしていない人が多いので、まず、その関係の書類から整備し直さなければならない、とても、田舎なら出てきた個人では、自分では何もできない。

日本人自身の全ての届け出や書類は会社の総務も、手続きをする方法を知らないし、勉強する時間もない、そこで、エージェントに頼む。

先日、私の車の税金(車検制度はないが、それに代わるものとして、一年ごとに車所有税を払わなければならない)支払いで、車のチェックはないし、本人が行く必要もない、車所有の証明書と前回の納税証明になる書類と、本人である証明書、正規の税金プラス、手数料をエージェントに渡せば翌日にすべてが済んで、私は証明書も全部帰ってくる。

何でもかんでもエージェントを使うのです。税務署、関税、警察、イミグレ全部、直接日本人が接することはしません。日系のエージェント会社を使うこともありますが、インドネシアになれない日本人は使うが、日系だからといって、優秀かというとそうでもないという気がする。日本人が日本語で考えを伝えることができるという以外にメリットはないし、その伝えたはずの考え方も、エージェントの日本人から、インドンネシア人スタッフに伝わっていない可能性も大であり、思い違いがでやすくて、失敗も多くあることは、間違いない。

 

日曜日の朝の早起き会会場、にわかパサールの様相を呈する。近隣界隈の老若男女が集まってきて、好き勝手なことをしながら10時くらいまでぶらぶらしている。

通りの脇の折れて落ちた枝から癒しの花が咲いていた。      

便利  手抜き  役割分担


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